February 2011
仕事で。
ナースでぇーす☆命救ってまぁーす☆
って昨日の合コンで言って、「実演!」なんつって脈を測るふりして手を握ったりして、
すごい楽しかったその翌日に、真顔でここにいて、本気で脈を測っている。
その脈はとても規則正しく、きれいに打っているけど、
目の前の人は、目も開けない。いや、たまに半目。なんの意識もない。
何も喋んない。何も食べない。自分で息すらできてない。
人工呼吸器の一定の吸気排気のリズムと、心電図モニターの音と、たくさんの点滴がぐるぐると彼を囲んでいる。
その人は、私の彼氏でもなければ、親御でもない。ただの一期一会。私はこの人を知らない。
ある日、玄関で倒れた。脳出血だったみたい。
1人暮らしで、家族はいなかった。地方から1人出てきて、兄弟からも絶縁されていた。
色々な機関をあたって、やっと連絡先を見つけて連絡を取った家族は
「いやぁ~あの~」を100回くらい要所に挟みながらも、
つまりは「死んだら、連絡ください」
ということを言った。
可哀そうとは、思わなくなってしまった。もう。
人生のその瞬間だけを見て、ドラマのように「ひどい、可哀そう」とは思わなくなってしまった。
本当に色々な人生が人にはあって。
長い長い色んな積み重ねの中で今、その言葉があるってことを、いっぱい見てきた。
仕方ない。
脈は正常。
呼吸は一定。
でも植物状態。
生きてても、死んでても、なんでもいい人。
主治医の興味はどんどん薄れて、そっと、その人は、そこにいるだけの人になった。
愛されて愛されて、抱きしめられて、見舞いも何人もくる患者さんの横で、
静かに、ピッ・・・ピッ・・・と彼の心電図モニターの音が響いていた。
この人は、生きているのだろうか。
この人は、死んでいるんじゃないか?
もうほとんど死んでいるんじゃないか?
脳死とかドナーとか命のリレーとか、そういうの見聞きするたびに、
私は見失う。
命ってのは何で、臓器ってのは何で、この人は何で。
血圧が少し、安定しない夜があった。
私は医師に報告した。
血圧を上げる薬も、下げる薬も、たくさんあった。
でも医師は、「んー」を何度も繰り返し、私を静かに諭すように、
「自然に看取ってあげよう」と言った。
死っていうのはさぁ~
医療の敗亡じゃないんだよぉ~
むしろね、むやみに色々やることのほうが~
人間らしさを奪う行為にぃ~
「美しい」と思う。そういうのって。
美しいし、わかりやすいし、とても満ちているって思う。言葉で聞くと。文で読んでも。
人間らしくないよね。機械につながれて、点滴チューブに囲まれて、ただ延命されてる。
しかも誰一人、「この人を助けて」って人もいないわけで。
うん。
うん。
うん。
先輩にそう伝えると、「うん・・・」
後輩にそう伝えると、「はい・・・」
私たちは、そうして、彼のカルテを閉じた。
その日、たまたま飲みに行って、うまいうまい言って煮物を頬張りながら、
全然違う話をしてたのに後輩が、
「でも、なんか今日、いつもより顔色良かったですよね」
と、言った。
「あの人さー、髭はえる速度、超はやくないー?
私、朝そったのに、夜もうボーボーだったんだけどー」
と先輩がクスクス笑った。
手を、彼の手を、握ったことがない看護師はいない。
毎日、毎勤務、私たちは欠かさず、彼の手を取り脈を測る。
彼の名前を耳元で呼び掛ける。
体を吹く。
腕を取り、足を抱えて、抱きしめるかのように、体位をかえる。
毎日毎日熱を測って、熱のある日には氷枕を、熱が下がればそれを枕に。
汗をかけば、タオルでふいて、髭をそる。爪を切る。
そんな中で、「あれ?今日、顔色いいな」って日がある。
「あれ、今日苦しそうだな」って日もある。
毎日、毎時間、違う。
脈も血圧もタンの量も、すこしずつ違う今日がある。
どんだけ機械に囲まれようとも、管に絡まれようとも、
この人を、人間らしくないなんて思えたこと一度もない。
わかっていても、目の当たりにすると脳死は人の死だなんて思えない。
生きているとしか思えない。
意識がないことなんてちっぽけなことなくらい、
今ここにある命が圧倒的すぎて、
命すげぇーって思って、
死んでく人もたくさんみるからこそ、
もう生きてると死んでるじゃ、全然違って、
「人として生きてるとは言えない」って言葉が薄っぺらに感じるくらい、
ただもう、ただもう、命があるってことがすごい。問答無用に。命がすごい。
学生の頃は「病院で死ぬということ」を読んで感銘を受けて、
人間らしく生きるとは~!なんて必死だったけど、
法律とか、もう色々あるんでしょうけど、
その時代時代の雰囲気で変わるものの上に乗せてしまっていいのかと思うくらい、
今、現場で、毎日見つめる命というものは、すごい。すごすぎる。
脳死という問題があり。延命という問題がある。臓器という問題もそこをウロウロしている。
命のリレーと言われたり、死待ちの医療と言われたり、枯れ木に水と言われたり。
でも、今、その命の目の前に立ったとき、何も正解を言えない自分がいる。
” —ベテラン看護師に問われても、わからない命のこと。 (via hxsxy, openarms) (via naha) (via nsx) (via tiga) (via konishiroku) (via yaruo) (via peckori) (via fukumatsu)最悪のシナリオを考え、いつの間にかその「奴隷」となってしまうのです。
では、このような状態を解消するためには、どうすればいいのでしょう?
答えはシンプル。強制的に自分の中に自信を湧かせるのです。具体的な方法としては、自分が精通しているテーマや、話していると気分がよくなることを、誰かに話しましょう。
” —不安に駆られるとき、自分に自信をもたせるためのちょっとした工夫とは? : ライフハッカー[日本版] (via miyanaga)
最悪のシナリオを考えて、なんだこの程度かと思え
(via petapeta)
このたびのリラックマのスロットに関しましては、事前に全く知らされておらず、
ファンの方の御連絡を受け、この件を知りました。
リラックマのライセンシー関係は、全て版権元に一任しておりましたので、
今回のリラックマのイメージとはかけ離れた場所での起用に、正直、作り手の私としましては
驚きと戸惑いでいっぱいです。
リラックマ版権元には、これまでつくりあげてきたリラックマの世界観を
大事に守っていただきたいと本日改めてお願いいたしました。
ここにご報告申し上げます。
リラックマを好きで、応援してくださっていたファンの皆様にショックを与えたことに
心からお詫び申し上げます。心苦しいの一言です。
コンドウアキ
” —リラックマファンの皆様へご報告申し上げます。 - blog - akibako(アキバコ)安田:「俺ね、サッカー選手になるって決めたときにSMAP×SMAP出たら引退するって決めてたよ!」
一同:「(爆笑)」” —スポーツ見るもの語る者~フモフモコラム:「ザックJAPAN食事会」に参加したカレン・ロバートさんが超場違いだった件。 - ライブドアブログ (via toronei)
ボロボロの履物は長旅をしてきた証拠であり、そういう客は多少高くても泊まってくれるから
これが「足元を見る」という事” —ヒロイモノ中毒 - 「足元を見る」の語源 (via darylfranz)
2010-01-19 (via gkojay) (via ushiyam) (via muhuhu) (via kkj114) (via glasslipids)
板垣退助が襲われた時に「板垣死すとも自由は死せず」と
出血しながら言ったとされて居るが、本当は近くに居た人が言ったらしい
本人は「助けてくれ…」と言っていたらしい
24:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/16(水) 21:49:36.47 ID:OkK0ocBiO
»17
「痛い…医者を呼んでくれ…」じゃなかった?
543:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/17(木) 00:58:49.73 ID:7jVkVsK8O
»17
その台詞を言った後、板垣はすぐ死んだと思われ勝ちだがその後、十年ぐらい生きてる
548:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/02/17(木) 01:00:45.65 ID:2k94XI/M0
»543
ググったら十年どころか三十年以上生きてるじゃねーか
” —
歴史のトリビア語ってけ:哲学ニュースnwk (via flatmountain)
感動が台無しだ!w
(via ipodstyle)